カカオエクスプローラーが歩む先

有機農業を、日本ではなくエクアドルで始めてみたのはなぜでしょう?

私は大学を卒業後、外国を遊学していていた中で、昔から憧れていた有機農業の素晴らしさを実感したことから、やはり自分は有機農業がやりたいと思うようになりました。実家は那須で酪農家をしていることもあり、実家に戻り酪農業を経営する傍ら、有機農業を実践していました。

数年後、エクアドルの田辺農園で仕事をするために家族と移住しました。自然循環型農法をもちいてバナナ生産をする農場で、害虫防除及び肥培管理責任者として有機農業を化学的に分析、マニュアル化やデータ化する部門の仕事をするためです。大規模農園で収量や生産管理を念頭におきつつ農業を行うとなると、有機農法であっても科学的に分析することが求められます。数値を用いて細やかに農園の状態を見守り、手を入れ管理することが必要でした。想像以上に数字やデータが必要とされる世界です。自然と共存しつつ、人工的な農業を行うのとはまた違う手間暇をかけていきます。「有機=自然のまま」というイメージがあるかもしれませんが、数字とデータで命を優しく支えることも大切なのだと知っていただければと思っています。


「カカオエクスプローラー」とはどういう意味ですか?「カカオ生産者」とはどう違うんでしょうか?

世にいうカカオにも色々な種類があります。特によく名前を聞くものとしては、クリオロ種、トリニタリオ種、フォラステロ種の3種類なのですが、4種目として名前があがるのがアリバ種(ナショナル種)という品種です。カカオの起源はエクアドルと言われているのですが(※カカオの古い歴史のある国に認定されました。)、そのエクアドルにしかない固有種がアリバ種なのです。このアリバ種のカカオに出会って、あちこちの農場を見て回っているうちにすっかり魅せられてしまいました。

今、私は自分のことを「カカオエクスプローラー」と称しています。カカオについて現場で学んだことをお伝えしているので、「カカオ生産者」や「カカオ農家」と思われる方も多いのですが、実はまだ自分の農園はもっていないのです。もちろん、将来、自分の農園を持つつもりですますが、今はもっと高いポテンシャルを秘めたカカオの木に一本でも多く出会いたいと、各地を飛び回り、聞き込みをすることを優先したい、むしろそこが最優先だとも思っています。そういう意味で、自分はカカオの探求者「カカオエクスプローラー」で有り続けたいです。

各地を訪ねて農法や出会うカカオの木ごとに発見があり、自然からの恵みは常に変化に富んでいて学ぶことは尽きません。他の農作物と同様に、カカオも大地の恵みの結晶です。エクアドルのカカオがここまで魅力的なのは、エクアドルの地理的気候的特徴も大きいと思います。エクアドルという国の名前を聞いて、どういう国か即答できる人はそれほど多くないかもしれませんが、「ガラパゴス」という名前はなにかしら聞いたことがある人は多いのではないでしょうか。ガラパゴス諸島はエクアドルの一部にあたります。

スペイン語で「赤道」を意味する言葉が国名の由来となったと言われているエクアドルは、まさに赤道直下にある国です。ガラパゴス諸島の特有な気候をはじめ、アンデス山脈の高地「ラ・シエラ(山岳地方)」、海岸地方の平地「ラ・コスタ(海岸地方)」、アマゾンの熱帯雨林「オリエンテ(アマゾン地方)」と4つの気候帯に区分されます。気候の違い、高低差の大きな地形、個性豊かな自然環境、さらに地区や生産者ごとにまた少しずつ個性が異なり、その特徴がテロワールとなって見事に味や香りの違いに反映されます。

また品種によっても違います。同じアリバ種でも、採れた地域によっては、例えば食べた瞬間に花の香りが鼻の奥でパッと広がるように感じる、華やかなフレーバーのもの、シナモンのようなスパイス感がパッと小さく弾けるような味わいにパンチのあるフレーバーのもの、色々違っていて、本当に個性豊かなのです。一本の木に育つカカオから大地の恵みを頂いているとしみじみ感じられて、早く次の素晴らしいカカオに出会いたいと思ってしまいます。私にとってエクアドルの大地は、真に「カカオのワンダーランド」なのかもしれません。


カカオを通じて目指したい理想の農業など、高橋さんの叶えたい夢は?

近世から明治にかけて近江商人がよく使っていた「三方よし」という経営理念があります。日本の名だたる大手企業でも経営理念の根幹として掲げられている、「作り手」「買い手」「売り手」の三方に等しく価値をもたらすという考え方です。私は「Noel Verde」を通じて、その三方にさらに「社会」「自然」「生物」「未来」の四方を加えた「七方よし」という考え方を掲げています。七方の全体性としてのバランスとその関係性を再構築すること、それが「Noel Verde」の企業理念です。

私が世に送り出している「アース・トゥー・バー」は、そうした全体性の中でこそ生まれる「賜物」と位置づけています。根本、つまりはカカオの木が生育している土壌、カカオの木の周りの「地球」の健康状態を大切に、土壌に住まう微生物や自然や動物までを配慮し、持続可能な環境で育つ木からとれたカカオをタブレットチョコレートにしています。カカオの起源と言われる南米エクアドルのフレーバーカカオの素晴らしさを、もっと多くの方に手に取って頂きたい。そしてそこに繋がるモノ、人、環境がより豊かになって行くような、「七方」全体で持続可能な未来を作ることを目指していきます。その「持続可能な環境を維持し、未来へ繋いでいくため」に大切なのは、技術や資金よりもまず「教育」で、教育の必要性が喫緊の課題だと見ています。だからこそ、メールや電話ではなく、実際に生産者に会うために現地に脚を運び続けます。

世界で栽培されているカカオには、程度の多少はさておき農薬が使われていることがあります。エクアドルの場合は、カカオや農産物に農薬が使われている場合、収量や効率を上げるためという以前に、人体に対する悪影響や環境に対する弊害について判断できる知識が一般的な農家にはなく、そのため農薬会社に勧められるままに農薬を使ってしまう、それが現状なのです。良質なカカオの生産者がいないかとエクアドル各地を聞き込みながら探して回っている中で、無農薬の健康なカカオの木に出会った場合、生産者側に知識があるからというよりも、農薬を買うお金がなかったから丁寧に育てていたという理由の方が可能性として高いのです。ということは、もし彼らが農薬を手にしていたなら、私は有機のカカオの木に出逢えていなかったかもしれない。

この素晴らしい環境は、一瞬でいとも簡単に失われてしまっていたと思うのです。そういったある意味「不幸中の幸い」である状況を、これからも幸いな状況に留めるために、少しでも早くそのような健全な木や純朴な生産者に出会いたい。そう思って各地を巡っています。知識とお金がなくて無農薬栽培をしていた生産者には、その栽培方法の正しさや健全さを伝え、さらに栽培指導をして木を護り、そのカカオ豆が上質であれば、通常のフェアトレードよりも高値で買い取ります。彼らに学ぼうという姿勢があれば、発酵技術も教えています。私も彼らから学ぶこともあります。そうやって教え合い學び合っていくことで、貴重な固有種を健全に維持する栽培方法が広まり定着するよう、アナログで泥臭いかもしれませんが地道に活動を続けています。

エクアドルに暮らしはじめて、13年目になります。エクアドルの人たちの暮らしぶりの中に少し前の日本の社会と似たところを感じるときがあります。昔の下町人情ドラマのような、人と人が支え合って生きていて、人と人との繋がりを大切にしている人情味あるコミュニティが存在しているところ、エクアドルの人の人懐っこさや素朴な笑顔を見ていると、少し前の日本人ってこうだったよなと、ふとタイムスリップしたような懐かしさを覚えます。第二の故郷ともいえるこのエクアドルの地にカカオの健全な栽培が広まって、他の農作物についても同じように土地の自然と気候に寄り添って栽培される。そういう農業こそが当たり前の世の中になってほしいなと願っています。そういう農業ができることできちんと雇用や仕事が生まれ、皆が教育を受けられる環境が育つ。エクアドルの人たちの素朴な笑顔と恵み豊かな大地を農業で守り育てる、それが私の目指す理想の農業を通じた未来です。

単に「エクアドル各地を巡ってカカオを…」と聞くと、「カカオハンター」をイメージする人も多いかもしれません。しかし、高橋さんは「カカオエクスプローラー」であり、そして追い求めておられるものも、カカオそのものだけでなく、カカオを通じた、カカオの木が象徴する農業と地球環境の未来であり、そのためにもカカオ探求の道を歩み続けるのです。

「地球からいただいた恵みに手をあまり加えずに、そのまま自然の味わいをチョコレートという形にして、大切なあなたに幸せを届けます。」